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創立記念日に寄せて 2021年05月07日

創立記念日に寄せて

『下田歌子顕彰碑(生誕地)に刻まれた綾錦の歌』

本日5月7日は、実践女子学園の122回目の創立記念日です。

 創立者下田歌子は、現在の岐阜県恵那市岩村で、岩村藩校教授の長女として生まれ育ちました。5才で和歌、俳句を詠み、7才で漢籍(漢文で書かれた書物)を読むことができました。聡明で、強い勉学の意思がありながら、当時、女性は藩校で学べませんでした。女性も学べる場所が欲しいという思いが募りました。

 明治4年、16歳の時に、故郷に別れを告げ、東京に旅立ちました。その時に詠んだ歌が「綾錦」の歌です。

  綾錦 着て帰らずば 三国山 
       またふたたびは 越えじとぞ思ふ

「志を遂げることができないならば私は二度と故郷には戻らない」、この時、少女は大きな志を抱いておりました。女性の教育機関を作ることです。この28年後、1899年(明治32年)に本校を創立します。若い少女の大きな志が本学園、本校の原点です。

 女性には教育は必要ないとまで言われていた時代に、いち早く女性の社会的地位向上を目指し、その基礎が女子教育にあることを確信していたのが下田歌子です。
 大切なことは、本校は、女性の地位向上のための一つの拠点であったということです。実践だけ良ければ、というのではなく、女子教育の輪を全国に広げるための拠点であったということです。実際に下田歌子は各地の女子教育機関の創立、運営に精力的に関わっていきました。その結果、下田歌子は、近代女子教育の確立という未来を切り開き、私たちに残してくれたのです。私たちはその恩恵に浴しています。

 以上の意味で、本日の創立記念日は、本校創立の記念日という意味を越えて、我が国の近代女子教育が本格的に動き出した記念の日であるともいえるものです。

 最後に、下田歌子は本校を創立しましたが、ご自身は一度も教育機関で学んだことはありません。歌人として、文章家として、また源氏物語講義でも有名ですが、日本の古典籍全般に通じ、漢籍に通じ、英語もフランス語も通じていました。全て、自らの意思で生涯学び続けた結果なのです。明治・大正・昭和の時代を通じての生涯教育のモデルというべき方です。下田歌子の生涯は、学びに終わりはないことを教えてくれます。
 
 本日の創立記念日にあたって、私たちは、学び続けるということを考える日でもありたいと思っています。