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自然に親しむ力 2021年04月15日

自然に親しむ力

 春、四月。新年度、新学期の大切な行事を無事におさめることが出来ました。6日の始業式、7日の中学校、高等学校の入学式、8日の全学年が一同に会する中学校対面式、同じく10日の高等学校対面式です。新型コロナ感染防止のため、それぞれ制限を設けさせていただきましたが、本来の時期に行事を行うことが出来ました。新校長として、こんなにうれしいことはありませんでした。ご理解をいただきました御父母の皆様に心から感謝申し上げます。

 始業式では、準備が整うまでのあいだ、感動の思いをもって、校長室の窓から正門を、向かいの部屋の窓からは西門を見守っていました。大勢の生徒さんが元気に戻って来てくれた姿に胸が熱くなりました。生徒さんいてこその学校です。同時に、大きな責任と緊張を感じたことでした。

始業式は放送室から音声と映像を各教室に配信して行いました。校長賞の表彰も同様に行いました。
以下は、始業式で、生徒の皆さんにお話しした内容(全文)です。

全校生徒の皆さん、おはようございます。
校長の湯浅茂雄です。あれ、と思った方もいらっしゃると思います。
自己紹介をします。
石野校長先生が昨年度末で定年退職なさいましたので、石野先生に代わって、この4月から本校の校長になりました。
サンズイのお湯の湯に、同じくサンズイの浅いで、湯浅です。よろしくお願いします。
私は長く日本語を研究してきました。なにか日本語について疑問に思っていることがあったら、是非、質問にきてください。
本日から新年度、新学期が始まります。皆さんは、気持ちを新たにしていることでしょう。新しいことを始めようとしていたり、新たな目標を定めているかもしれません。
皆さんが、のびのびと学び、楽しく活動できる環境を、全力で整えていこうと思っています。

本日の始業式にあたって、特にお願いしたいことが3つ、あります。

 1つめは、自分を大切に、大切にしてくださいということです。
皆さんのこころと、からだの健康が何より大切です。
皆さんも知ってのとおり、新型コロナ感染症は、予断を許さない状況にあります。気を緩めないで、マスクを正しく付け、手洗いや手指の消毒を励行して、また、密にならない行動をとるなど、感染防止に、より一層、つとめてください。また、次の2番目のお願いにも関係しますが、なにか困ることが出てきましたら、自分だけで抱えていないで、担任の先生をはじめ、私たちに早めに相談してください。
 2つめは、お互いに助け合いましょう、ということです。
私も、これまで、沢山の方に助けられてきました。話を聞いてもらえただけで勇気づけられることもたくさんあります。お友達が困っていたら、また、困っているのかなと感じたら、声を掛けてあげてください。
長引くコロナ禍は、社会のあらゆる部分にマイナスの影響を与えています。その影響は私たちの心の中にも影を落とそうとしています。そんな中であるからこそ、お互いの立場を尊重し、思いやり、助け合うことがとても大切なのです。
 3つめは、自然に親しむ力をつけましょう、ということです。
これからはとても良い季節になります。本日の始業式には時期が合いませんでしたが、少し前、校内の満開の桜はすばらしいものでした。中高の校内には22本の桜があること知っていましたか?22本は正確ではないかもしれません。今度一緒に数えてみたいものです。その外にも、校内の花壇には、これから様々な植物が花を着けていきます。
どんなに忙しい生活を送っている時でも、空を見上げて、美しい青空や、季節の雲を感じられたり、道端の可憐な草花に気づいて、その名前を思い出すことが出来たりすることは、素晴らしい人間力の一つだと思っています。どんな時にも心に余裕を持ちたいものです。
本校は渋谷という有数の都心にありながら、十分に自然に親しむことの出来る環境に恵まれています。皆さんにもその恵みを受け取ってもらいたのです。
今度、私が校内の花壇で何かをしていたら、声をかけてください。何をしているかを種明かしします。
以上、3つのお願いをしました。最後になりますが、私は皆さんとお話しできることを楽しみにしています。気軽に校長室を訪ねてください。以上です。

花壇で何かをしている種明かしは右の写真です。
花の名を記したカードを少しずつ増やしていきたいと思っています。
毎日登校し、校内で活動する生徒の皆さんが目に止めて、知らず知らずのうちに、花の名を知り、自然に親しむきっかけにしてほしいと願っています。

自然に親しむ力ということでは、校祖下田歌子に触れないわけにはいきません。下田歌子は自然を愛し、特に山野草をこよなく愛する人でした。
下田歌子は歌人として、また『源氏物語』をはじめとする日本の古典研究者として著名なように、我が国の多くの歌集や古典文学作品に精通していました。それらを踏まえながら、四季折々の自然や草花との関わり方を題材とする歌、文章が数え切れないぐらいあります。どれも、下田歌子らしさがよく表れた歌であり文章です。

今回はその文章と短歌のごく一部を紹介させてください。文章では、『日本の少女』(第2巻2号 明治39年2月25日)という雑誌の巻頭言(校祖はこの雑誌の発行母体の会長を努めていたので、毎号の巻頭言を書かれていたのです。この雑誌と下田歌子との関わりについては、稿を改めて書かせていただきます)に寄せた「摘草(つみくさ)」という文章です。少女に向けてもので、諭(さと)しもふくむ校祖らしい文章です。次のような美しい文章からはじまります。

『段々春になって、塀の隈(くま)の雪も解け、背戸(せど)の小川の水もぬるんで来ると畔(あぜ)の根芹(ねせり)や野辺の土筆(つくし)、蒲公英(たんぽぽ)も芽(めぐ)んで来る。其
内に菫菜(すみれ)や、蓮華草(れんげそー)が、美しい花毛氈(はなもうせん)を敷き渡す
と蝶や鳥が麗はしい声で歌を謡ったり、鮮やかな羽袖(はそで)を翻(ひるがへ)して舞を
舞ふ。サア斯(こ)うなると、何だか、家にはぢつとして居られぬ。殊に年若い少女達
は、好んで、摘草などに出かけたくなりませう。』

この後、菫の花束を作って友達に贈るのもよいし、土筆や嫁菜(キク科、別名萩菜。春に若芽を摘んでおひたしやゴマ和えにして食用になる)を摘んで両親の食膳に添えるのもよいと具体例をあげて、健康にもよく、食品にもなると摘草を勧めている。さらに摘草に夢中になって長遊びをして親に心配を掛けてはならないとこと、また、一緒に行く友達も選ぶべきこと、親には、誰と何処行くのかや、帰る時間を届けて許しを得てから行かなくてならないと諭している。親がどれほどあなた達を心配しているか、また親ほど子がしてくれる事を悦ぶ者はないことを述べ、「仮初(かりそめ)のしわざにも、父母を忘れてはなりませぬ。」と結んでいます。親子の情愛に触れる暖かい文章でもあります。

下田歌子は和文や明治普通文(いずれも文語文の一種)の名文家として知られていますが、言文一致体(現代口語文の源流)が成立したばかりのこの時期においても言文一致体の優れた書き手であったことが分かります。私は日本語の歴史を研究している者ですが、その完成度に驚かされます。

最後に、桜を読んだ和歌を紹介します。校祖が生涯にどのくらいの数の和歌を詠んだかは明らかではありません。分かっているだけで3600首ほどあります。そのうち桜を詠んだ歌は60首ほどあります。そのうちから私が好きな歌を数首、紹介します。

風吹けば千本(ちもと)の桜ちりにける
名残のをしき春のくれかな(九歳)
桜花ながめつきせぬ山里に
かへるもをしき夕ぐれのころ(九歳)
をしきかな雪とまがへる山桜
ちりてはなどかとふ人のなき(九歳)
春の野にさきみだれたる桜ばな
いづれを折て家づとにせむ(十一歳)
照月ハ尾上はるかにかけさして
 ゆきにまかえるやまさくら哉(十一歳)
学ひやのそのふのさくら春を経て
 かつらの花もさき添はりつゝ(学園創立以降)

括弧内は校祖が歌を作った時期です。選んだうちの5首は、校祖の少女時代のものになりました。故意に選んだのではないので、不思議なことです。最後の歌は、本校の桜が詠まれているものとして選びました。「そのふ」は「園生」で、植物園の意味です。「かつらの花」は赤ですが、桜と前後して開花するので、その様子を詠んだものでしょう。

 今後も、校長室の窓からの所感と、その折々にふさわしい校祖下田歌子の歌や文章、言葉に触れていくつもりです。よろしくお願いいたします。