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校長室の窓から「読書について」 2021年06月29日

(中学校・高等学校朝礼講話をお届けします)

前回は「なぜ学ぶのか」というお話をしましたが、今日はその「学び」にも関係する「読書」についてお話しまします。
 皆さんは、どれぐらい本を読みますか?本を読むのは好きですか?マンガ本も駄目ではありませんが、それ以外の、いろいろな種類の本を読んで欲しいと思います。
 読書の方法や、読書が私たちに与えてくれるものは沢山考えられますが、今日は、焦点を絞ってお話をしたいと思います。

読書は出会い

最初にお話ししたいことは、読書は「出会い」だということです。読書では、普段の私たちの生活の中では決してかかわり合うことがない人と、読書を通して出会うことが出来ます。古今東西といいますが、大昔から現代、日本ばかりで無く、遠くの世界の人ともです。本を通して、居ながらにして多くの人と出会うことができるのです。これは読書だからこそ出来ることです。

 言語表現の背後には、必ずそこに人がいますし、その表現から、何を思い、感じ、考えているのか、それらを生んだ時代、風土、文化が伝わってきます。これらすべてが新しい出会いであり、私たちが今まで知らなかった世界の発見や、時空を超えた共感に繋がります。
 一例を挙げます。次の歌を知っていますか?

うらうらに照れる春日にひばり上がり心悲しもひとりし思へば

 『万葉集』の編纂にも関わった大伴家持の歌です。私が好きな歌でもあります。奈良時代、今から1200年以上前のものです。細かに解説する余裕はありませんが、一人物思いにふけっていると、ふと、心に悲しみがやってくる、そのことが、春ののどかな情景との対比によって、際立つように表現されています。昔の人にもそんな心の動きがあったんだと思ったり、あるいは、この歌に導かれて、自分にも同じような感じ方があったことを再認識するかも知れません。また、同じようなことが私にもあったと共感するかも知れません。1200年以上の時空を越えて、万葉人と向き合うことができるのです。素晴らしいと思いませんか。もちろん時代や地域が異なれば、その言語について学ばなければならない壁がありますが、それを越えた時、出会いの機会は飛躍的に大きくなります。
 読書を通じての出会いは、結果的に多くの効用を生み出します。新しい知識の獲得はもちろん、読解力の向上、多くの話題を知っていれば、コミュニケーション能力の向上に繋がまるでしょう。また、非日常の擬似的な体験から、ストレスの解消になるなど、さまざまあると思います。 

このさまざまな効用の中で、今の皆さんに最も役立つことは、 語彙力、表現力が身につくことだと思います。

多読の勧め(語彙や表現を豊かにする)

校長室の前に置かれています!

昨年度まで、大学の講義に関連して、学生さんから「語彙力を伸ばすいい方法はありませんか」という質問を度々受けていました。
 その答えは、もちろん、読書ですが、コツがありますので、少し詳しくお話しします。
 それは「多読」の勧めです。英語での多読と大きくは変わりません。多読にあたっては、辞書を引かない、分からないところは飛ばす、つまらなくなったらやめる、という3つの原則も一緒です。具体的な文脈のなかで、語の意味用法をつかむ経験がとても大切なのです。

 国語の授業に代表される熟読は、もちろん大切です。また、自分の好きな作家や分野の本を選んで読むことも素晴らしいことなのですが、それだけですと、他の作家や、知らない分野との出会いの機会がある程度、限られてしまいます。ですから、これらと並行して、自分の知らない作家の本、知らない分野の本を沢山読む機会を得て欲しいのです。それが出来るのが多読です。そこには、今まで知らなかった人、世界、言葉や表現に出会う多くの機会があるからです。
 私は、10代の時に、近くの古本屋さんに行って、様々な本が雑然と並んでいる本棚から、内容を見ずに、1冊2,30円の本を、右手で掴めるだけ買って読んでいた時期がありました。そのことで新しく好きになった作家や、新たに興味を持った分野に出会うことが多くありました。当時、私はこれを乱読と言っていました。

 皆さんも、今は知らないけれど、将来を左右するような一冊の本や表現に出会い、また、今は知らないけれど、皆さんの可能性を拓く分野に出会うかも知れないのです。それは、皆さんの可能性を大きく拓くことです。多読に挑戦してください。

図書委員さんの企画!

本の福袋始まりました

どんな本に出会うかお楽しみ!

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