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一人ひとりの成長の田植え 2018年05月29日

 中学2年生は移動教室の1日目の午後に、毎年長野県の飯田で田植えを行っています。稔りに向けた第一歩です。5月は皐月(さつき)。この「皐(こう)」は、ツツジ科の常緑低木のサツキを表しますが、「神に捧げる稲」の意味もあるといいます。5月は田植えの早苗月から早月(さつき)となったともいいます。
 さて、先人はこの稲を育てて得る恵みのために、様々な工夫をしてきました。日本の文化の基盤でもあります。しかし、この日本での稲作がいつから始まったのかについては、これまで考えられていた弥生の時代から縄文の時代にも行われていたとの説が上がっています。定説を覆す発見は、私たちをどきどきさせます。その発見が発見なのかどうかは、まずは現状での定説や、また、その説が複数ある場合も、どのような説が今はあるのかを知るところから始まります。
 私も学生時代、群馬県と埼玉県のほぼ県境にある志賀坂峠という山の中にある露出した岩肌に、なんと昔の海の漣(さざなみ)のあとが残っているという場所を見学に行きました。私たちは、なるほどと見て帰ってきたのですが、しかし、そのあとでそこには漣だけではなく、恐竜の足跡が残されているとの発見がありました。それは、研究を重ねたり、経験を重ねたりした人が気付くことがあるのだと知りました。気付いたり、判断したりするためには、やはり知識と経験が必要なのです。
 中学3年生も、京都・奈良を訪れて、いかに多くの人々の手によって、日本の大事な文化財や伝統文化が守られてきたかに気付いたことでしょう。「百聞は一見にしかず」とは、人が気付くうえでの大事なヒントをえることです。自分の興味・関心を高め、どこで何を見て、人の気付かないことに気付いて貢献していくのか、そのために将来どんな大学で学びを深めていくのか。日頃の学びを振り返りながら、さらなる学びに向けた、学びの田植えをしていきたいものです。