学園・学校紹介

1世紀以上にわたって、
こだわりある女子教育の伝統を築いてきた実践女子学園。
その伝統に貫かれた実践女子学園の信念をお伝えします。

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社会で活躍する卒業生

実践女子学園で6年間の教育を受けた卒業生たちの生の声をご紹介します

実践ですごした日々が、世界を見つめる視野を広げてくれた。

青年海外協力隊
環境教育隊員
F.M

実践の英語の授業は発音練習に力を入れるなど、とても実用的なものでした。楽しく言語を学べ、英語を学ぶことが好きになりました。語学研修や留学生受け入れなどを通して異文化に触れることで、たくさんの発見があり、もっと語学を磨きたいと思うようになりました。留学をしようか迷っていましたが、先生方のアドバイスやサポートもあり、アメリカの大学に留学することに。将来は、世界で苦しい状況におかれている人々のため、美しい環境を守る仕事をしたいと思っています。その夢にむかって一歩進むべく、現在は青年海外協力隊の環境教育隊員として、カリブ海のセントビンセントおよびグレナディーン諸島という国で活動しています。イベントやワークショップなどを通して、住民の環境への意識を向上させることが私の役割です。
実践での中高時代がなければ、こんなに視野が広がることはなかったと思います。中学の入学式の日に、担任の先生が「感謝」という言葉について話していました。当時はあまり理解していませんでしたが、今では、自分の夢を見つけ大きく成長することを手助けしてくれた先生方、どこにいても応援してくれる家族や友達にとても感謝しています。

プロフィール

2004年3月  実践女子学園高等学校 卒業
2004年8月  カリフォルニア州立大学チコ校 入学
2008年12月 カリフォルニア州立大学チコ校 卒業
2011年1月  青年海外協力隊 セントビンセント派遣

「母として、医師として、しなやかに、たおやかに」

順天堂大学医学部附属練馬病院
准教授
臨床検査科長
K.O

私は今、患者さんから採取された細胞や組織を顕微鏡で観察し病理診断を行う「病理医」という仕事をしています。プライベートでは7歳と4歳の二児の母。忙しいものの充実した毎日です。
中学、高校時代の私は、趣味のクラシックバレエに没頭する毎日で、将来何になるか、ということを考え始めたのも卒業直前になってからでした。医師になるという目標がようやく具体的になったとき、そんなボーッとしていた私に個別授業をしてくださった先生や応援してくれた大親友、様々な方の支えがありました。そのおかげで、今の私があると思います。
また、学園の「周囲に調和できる品格のある女性の育成」という教育目標は、当時の学校全体の雰囲気にさりげなくあったように思います。それは、今の私の医師そして母としての在り方につながり、また、現在においてもそれは私の人生の目標となっています。
大学病院では病理診断という診療業務だけではなく、病院の検査全体の精度管理、つまり、臨床各科の先生方に質の高い検査結果を提供し、患者さんが安心して診療を受けられる体制を作る、ということや、臨床研修医、若手臨床検査技師の教育なども重要な私の仕事です。そのためには、医師以外の様々な職種の方と密にコミュニケーションを取って協力していくことが必要不可欠です。また、研修医教育も自分の子供に対する教育と同じで、熱意と愛情を持って取り組まなければなりません。「周囲に調和できる品格のある女性」というのは、どのような仕事に就く場合でも、そして、母としても、共通する女性の理想像と思います。しなやかに、たおやかに、女性としてステキに歳を取っていきたいですね。

プロフィール

1995年3月  実践女子学園高等学校卒業
2002年3月  順天堂大学医学部卒業
2006年3月  順天堂大学大学院医学研究科人体病理病態学修了
         医学博士
2006年4月  順天堂大学医学部人体病理病態学講座 助手
2006年10月 順天堂大学医学部附属練馬病院
         病理診断科・臨床検査科 助教
2008年9月  同 臨床検査科 科長
2009年11月 同 病理診断科・臨床検査科 准教授
         現在に至る。

実践で得た宝物

東京都小学校教諭
S.S

私が中高時代で得たことは、生涯付き合っていける親友たちに出会えたことです。中学校から高校という思春期の6年間を共に過ごした仲間達とは、今でも本音で悩みを相談し合い、腹を抱えて笑い合い、元気をたくさん分けてもらっています。厳しい練習の中で自分の弱さと強さに向き合うことができた水泳部、何事もあきらめずみんなで協力すれば道は開けることを教えてくれた生徒会、毎日笑顔で学校が楽しくて仕方がなかったクラスの友達、今の私の大切な源です。そして、反抗期の私達に本気で向き合ってくれた先生達には、人として大切な生き方、女性としての品格を教えていただきました。そんな学校にいつまでもいたいと思い、自分も教師になるという夢もこの時に見つけることができました。
現在は、かわいい1年生に囲まれながら教師という立場で学校現場に携わっています。子どもにとっての母親の大切さ、女性としての社会とのかかわりを目の当たりにし、自分自身も学ぶことがたくさんあります。多様化する女性の生き方を感じ、自分自身の生き方も迷うときがあります。そんな時も、私には実践女子学園で得たたくさんの親友がいます。一緒に支えあいながら生きていくかけがえのない友達は、私の宝物です。

プロフィール

2001年3月 実践女子学園高等学校卒業
2005年3月 千葉大学教育学部小学校教員養成課程卒業
2005年4月 小学校教諭として東京都教育委員会に着任
        現在に至る

目標に向けて真剣に取り組める環境で過ごした6年間は“こころ”の糧です

横浜労災病院
メンタルヘルスセンター
心理判定員
N.A.

私は今、中学2年生の時から目指した「臨床心理士」の資格を取得し、毎日いろいろな方の“こころ”と向き合う仕事をしています。実践ではキャリア教育がとても充実しており、中学の時から“将来の夢”を考える時間を設けていました。ただ私は元来とても飽きっぽく、四半期に1度はドラマの影響で夢が代わるような性格でしたので、「臨床心理士になりたい」と心から思った時も、結局すぐに変わってしまうかもしれない、と自分の感覚に自信が持てず、調べる事すら避けていました。
そんな私の状態に一早く気がついたのは、この学校の先生方です。あらゆる関わりのある先生が、「何か悩んでいるか」と声をかけてくださいました。いざ相談をする時に、気恥ずかしさから茶化して話す私に「この話は真剣に聴きたい」と真正面から向き合ってくださったことは、今でもとても感謝しております。また、「あなたが見つけた本当の夢なのだから、怖くてもあなた自身がそこから目を背けちゃだめよ」と言われたことで、私は初めて自分自身の“こころ”と正面から向き合うことができました。人に真剣に向き合ってもらい、初めて自分と向き合うことができ、そしてようやく人と向き合うことが出来るようになる。この経験は、“こころ”を扱う職についた今振り返っても、とても貴重であったと感じています。
友人らと切磋琢磨し、心から信頼できる先生方に見守られながら、目標に向けて真剣に取り組める環境で過ごした6年間は、今の私にとっても、これからの私にとっても、活きる教科書のように学びのある日々であり、“こころ”の糧となっています。

プロフィール

2007年3月 実践女子学園高等学校 卒業
2011年3月 聖心女子大学 文学部 教育学科 心理学専攻 卒業
2013年3月 聖心女子大学大学院 人間科学専攻 博士前期課程 修了
2013年4月 独立行政法人労働者健康福祉機構 横浜労災病院 入職 
      心療内科、勤労者メンタルヘルスセンター所属 
2013年4月 社会福祉法人 恩賜財団 済生会横浜市東部病院 入職
2014年3月 社会福祉法人 恩賜財団 済生会横浜市東部病院 退職
2015年4月 学校法人千葉黎明学園 千葉黎明高等学校 入職
2015年4月 株式会社ホームネット 入職
2016年4月 千葉県スクールカウンセラー 浦安市立美浜中学校派遣
      埼玉県スクールカウンセラーに派遣 
      川口市立戸塚西中学校、川口市立南中学校派遣 現在に至る

資格:臨床心理士、産業カウンセラー

真摯に指導してくださる先生方のおかげで今の自分があると思っています

横浜市立大学附属
市民総合医療センター
心臓血管センター所属
N.E.

私は実践女子学園での6年間の学校生活で多くのことを学び、また、かけがえのない友人を得ることができました。中学高校とソフトテニス部に所属しテニス漬けの毎日を送っていました。その中で、苦楽を共にした友人たちは、卒業後も互いに支え合えるかけがえのない存在です。
部活動では、真剣にやっているからこそ仲間とぶつかることもあり、練習の成果を試合で出せず悔しい思いを何度も味わい、精神的に辛い時期もありました。しかし、仲間と共に乗り越えることで、大きく成長できたと思っています。大学での実習や国家試験、さらに働き始めたばかりの辛い時期を乗り越えることができたのは部活動で頑張った経験があったからだと思います。中学、高校生のときに、一生懸命に取り組む経験をしたことは、現在の自分の糧になっています。
実践女子学園の先生方は、生徒と真摯に向き合い指導してくださいます。私は、6年間の学校生活や部活動を通して、多くの先生方からご指導をいただき、全てのことに真剣に取り組むことの大切さ、周りの人への感謝を忘れないことの大切さを学びました。一生懸命に取り組める環境や共に支えあえる友人、真摯に指導してくださる先生方のおかげで今の自分があると思っています。
そして、卒業して月日がたった今でも、母校を訪れると先生方が暖かく迎えてくださいます。卒業後も帰る場所があることに感謝をするとともに、日々の支えの一つになっています。

プロフィール

2011年3月 実践女子学園高等学校 卒業
2014年3月 東京医療保健大学 医療保健学部 看護学科 卒業
2014年4月 公立大学法人横浜市立大学附属市民総合医療センター 入職 現在に至る

資格:看護師免許、保健師免許

学園で過ごした時間全てが現在に活きており、私の最高の宝物

スカイマーク株式会社
客室乗務織兼地上職
S.N.

私にとって実践女子学園で過ごした中高6年間は楽しかったの一言に尽きます。価値観の合う友人、また厳しくも温かく生徒からの信頼も厚かった先生方と過ごす毎日は、あまりにも素敵で有意義な時間でした。
中学生になって初めて触れた英語。勉強していくうちに自分が話す英語がどの程度ネイティブの方に伝わるものなのか知りたいという気持ちが強まった時、初めて実践できた機会が高1のニュージーランドの語学研修でした。子供6人の8人家族の家にホームステイしたのですが、学校には通わせず、年上の兄弟が下の兄弟の面倒をみるという御家庭でしたので、家には常に誰かがいる状態でした。自然と英語を話し続ける環境に恵まれ、同時に文化の違いも体験できた貴重な夏休みでした。
幼い頃から漠然とした憧れを抱いていた客室乗務員。中2の時に学校で提出した「なりたい職業」の紙が現在も手元に残っており、CAと書いてありました。狭い機内で毎回違うメンバーで動き、様々なお客様を相手にお話することになりますので、髙いコミュニケーション能力とチームワーク、そして急病人発生時の積極性且つ冷静さが求められる職業だと、夢が叶った今日々感じております。
日本人女性らしい「品格」を重んじる学校教育のもと、礼法の授業や華道と筝曲の部活動を通して学んだ礼儀作法。あのクラスが一番楽しかったといつまでも言ってもらえるような学級委員としてのクラス作り。学園で過ごした時間全てが現在に活きており、私の最高の宝物です。

プロフィール

2010年3月  実践女子学園高等学校 卒業
2014年3月  実践女子大学 文学部 英文学科 卒業
2014年4月  スカイマーク株式会社 入社 現在に至る

資格:英検2級、漢検2級、華道小原流師範科一期、上級救命技能認定、Medic First Aid

お互いに尊重しあえる友人と出会えたことは、人生の大切な財産です

株式会社薬栄
プラザ薬局練馬店勤務
Y.M.

実践女子学園は卒業して10年以上過ぎた今、通って良かったと心から思える学校です。
学生時代は、6年間毎日片道1時間半かけて通学しておりました。
学校に行くのが楽しかったため、通学時間を苦に思ったことは1度もなく、高校生の時には皆勤賞もいただきました。
現在薬剤師として働いておりますが、どの社会人にとっても共通して大切なことは、挨拶・言葉遣い・マナー・礼儀・コミュニケーション能力だと思います。
どれも一朝一夕に身に付くものではありませんが、伝統ある女子校、実践女子学園での生活は、礼法の授業等もありそれらが自然と身に付く環境です。
また、実践の友人は皆品格があり、その上芯がしっかりしていて、社会人として自立している人が多いことに気付かされます。進路を決める際、人の為になり、一生働ける資格を取りたいと思ったことも、このような環境が影響していると思います。
月日が経っても、学校に伺うと常に温かく迎えて下さる先生方がいらっしゃいます。
そして、進む道が違ってもお互いに尊重しあえる友人と出会えたことは、私にとって人生の大切な財産です。
中学高校と大切な時期を、穏やかで明るい落ち着いた環境で過ごさせていただいた事に、今改めてとても感謝しております。

プロフィール

2003年3月  実践女子学園高等学校 卒業
2008年3月  東京薬科大学 薬学部 医療薬学科 卒業
2008年4月  東京慈恵会医科大学付属病院 薬剤部 入社
2014年3月  東京慈恵会医科大学付属病院 薬剤部 退社
2014年6月  株式会社 薬栄 入社  プラザ薬局練馬店勤務 現在に至る

実践女子での経験がきっかけとなり、今の私につながっています

日刊スポーツ新聞社
編集局スポーツ部
サッカー担当
H.N.

初めて世界に触れたのが、中3の夏に経験した語学研修でした。米国ハワイのマウイ島に滞在し、文化や習慣の違う環境、動詞の使い方1つで意味が通じない難しさを感じました。しかし、たどたどしい英語でもコミュニケーションがとれた時の楽しさは想像以上でした。帰国する際にはホストファミリーや先生と別れがたく、大泣きしたことを覚えています。言葉の壁を痛感し、またその壁が取り払われたときのうれしさも知り、海外への興味を持ちました。大学では日本史を専攻する一方で、第二外国語で中国語を選択。中国へも留学しました。
仕事でも海外とつながりを持ちたいと思い、新聞記者を選びました。入社3年目から海外出張が始まり、オーストラリア、フランス、米国、カナダ、ロシアに行く機会がありました。サッカーの国際試合やオリンピックの現場などでは、決して流ちょうではない英語と中国語を使って海外選手を取材し、そのコメントを翻訳して記事を書きました。海外選手のメダルへの意気込みや試合後の感想などを聞き、コミュニケーションがとれた時の楽しさは、今でも変わりません。振り返ってみれば実践女子での経験がきっかけとなり、今の私につながっていると思います。

プロフィール

2007年3月  実践女子学園高等学校 卒業
2010年3月  國學院大学 文学部 史学科 卒業
2010年4月  日刊スポーツ新聞社 入社  編集局スポーツ部 サッカー担当
2013年   五輪担当
2014年   サッカー担当 現在に至る